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Hi-Standard(ハイスタンダード)復活!?AIRJAM復活!? -PIZZA OF DEATH-

2011-04-27
Hi-Standard
ここにきて、まさかの復活!!!
いやーいいっすね、盛り上がって参りましたー!

青春を取り戻しに皆さん参戦いたしましょう!!!






文字色1991年、難波章浩、横山健、恒岡章を中心に結成。初ライブを高円寺20000Vで、God's Guts、Scamp、bloodthirsty butchers、BEYONDSと行う。
結成時は別にボーカリストがおり、4人で活動していたが脱退。脱退後は、SLIME FISHERと言うバンドを結成。いくつかのバンドを渡り歩き、現在も精力的に活動中。
1994年、ミニ・アルバム『LAST OF SUNNY DAY』でデビュー。昨今のインディーズブームの走り、と言われるバンドである。海外ではNOFXのFAT MIKEにプロデュースされたことでも有名。NOFXのツアーにも参加しておりFAT MIKEが立ち上げたレーベル「Fat Wreck Chords」に所属していた。そのほかにも、グリーン・デイやオフスプリング、ブリンク182などといった、海外の超大物バンドとツアーを回り、成功を収めている。また、HUSKING BEEやSHERBETなど、メンバーによるバンドプロデュースも行われている。
1995年、アルバム「GROWING UP」をリリース。海外盤を含めると、70万枚を超えるセールス。
1997年、アルバム「ANGRY FIST」をリリース。オリコン初登場4位を記録。
1999年、PIZZA OF DEATH RECORDSをトイズファクトリーから独立化し、アルバム「MAKING THE ROAD」をリリース。インディーズとしては異例の日本と海外を含め、ミリオン・ヒットした。

この「MAKING THE ROAD」に収録されている「stay gold」はアルバムセールス用にPVも作成され、 西新宿にある老舗ライブハウス「新宿ロフト」でのライブの模様が収録された映像が使用されている。

このライブは西新宿から歌舞伎町へ移転する事となり、長年ロックミュージシャンの登竜門的、 伝説のライブハウスとなっていた新宿ロフトのフィナーレ・イベントの一環として ハイスタンダードが出演したもので、まさにロフトの長い歴史に対して 「stay gold」というメッセージを込めて送られたものとなっている。

(ちなみにmaking the roadツアーの初日は新生:歌舞伎町の新宿ロフトで行われた)




2000年4月、シングル「Love Is A Battlefield」をリリース。オリコンチャート初登場2位を記録。8月、千葉マリンスタジアムで行われたロック・フェスティバル『AIR JAM 2000』を最後に活動休止。



2003年、横山がPIZZA OF DEATH RECORDS Webページ内の『横山健の別に危なくないコラム vol.19』にて、バンド活動停止は、難波の脱退であることを公表。翌年に「Ken Yokoyama」としてソロ活動を開始。
各方面、メディア、ブログ等への発信をまとめると、いわゆる「すれ違い」によるところの脱退である。


2000年~2003年当時、ブログ等はそれほどさかんではなかった時代であったため、 メディアにほとんど出現しないハイスタの動向はほとんど明かされることはなく、 この「脱退」「活動停止」に関するアナウンスが横山より発せられるまでの間、 ハイスタはすでに解散しているのではないかと捉えてしまっているファンも多かった。


また当時、難波のドラッグ依存症、身内へのDV、沖縄移住によるリハビリテーション等の 根拠のない噂が絶えず、活動停止も難波によるところが大きいのではないかという悪者扱い的な 線引きをされることもあった。

もちろんこれは全てデタラメな噂で、難波自身がこの件については2010年にmixiの日記等で強く否定し、 心無い噂にショックを受けていたことを発言している。

お互いに子供が生まれた際にはお祝いの連絡を入れるなど、 この間も難波・横山は絶縁というような状態ではないことが両者のブログで確認できる。


しかし難波が始めた音楽活動が、電子音・打ち込みを多く取り入れた事や、 ブログ内で最初にふれたハイスタに関する話題が 後述にあるようなピザオブデスに対する印税・原版権に関する警告だった事もあり、 メンバーの動向は明るみになっていったものの、ハイスタンダードの活動再開は厳しいという ことが浮き彫りになった。




恒岡は、S.P.L.、CUBISMO GRAFICO FIVEをはじめ、LOW IQ &THE BEAT BREAKERや佐藤タイジバンドなど多方面で活動。ソロシンガー・COCCOのサポートドラマーとして「ミュージックステーション」に
出演していた。

恒岡はハイスタ休止後に横山が結成していたBBQ CHICKENSにもドラムで初期の活動に参加していた。







2004年12月11日、スペースシャワーTVにて『祝15祭 スペシャプレミアムライブ15連発!Hi-STANDARD LIVE from AIR JAM 2000』が放送。4年ぶりに3人が顔を揃えてライヴを見た感想VTRが流れた。
2005年、難波は音楽雑誌「ROCKIN'ON JAPAN」のインタビューで、Hi-STANDARDの活動再開を示唆するも、8月に「TYÜNK」、「なんばあきひろ&宇宙船地球号」名義で2枚のソロ作品を発表し、翌年には「ULTRA BRAiN」を結成している。
2007年5月、難波のブログ「TYUNBLOG」にてPIZZA OF DEATH RECORDSへの警告文が記載。「Hi-STANDARDの原盤権を3等分しないなら、『MAKING THE ROAD』は廃盤にすべきだ。これは金の話ではなく、作品にこめた魂の話だ。」という内容であった。
最終的は訴訟にならずに話し合いにより原版権やグッズ販売の分配が行われている。

2008年、難波と恒岡はwomb、翌年の大阪STUDIO PARTITAにてライブを行っている。
2009年、横山が難波の新作のレコーディングにギターで参加。
2010年、フジロックフェスティバルに横山、難波が別々に出演するも、それぞれのステージにて
「STAY GOLD」を演奏する。

また横山はソロ活動のライブにおいて頻繁に「STAY GOLD」を演奏している。 ライブでこの曲が始まるとオーディエンスの熱狂振りは凄まじく、相変わらずの支持率の高い曲である。 また横山は他にも「the sound of secret minds」も演奏、 難波は「turning back」をライブで何度か演奏している。




2011年3月、難波がライヴにて9月に横浜スタジアムでのフェス開催を発表した。
4月26日、難波、横山、恒岡の3人がそれぞれのツイッターでほぼ同時に『9.18 ハイ・スタンダード AIR JAM。届け!!!』と、つぶやき、3人揃った写真を掲載。活動再開を示唆している。
地震の影響による節電も心配されたが、自家発電の電源車での爆音保障をコメントしている。
続くツイートでは難波が「ハイスタのコピーの練習しなきゃ」という旨の発言、 それに対し横山が「ww」と返信していることから、横山の2011年上半期中のツアー終了を伴って 活動(練習)を再開するものと思われる。




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まとめ

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